〔097〕阿蘓山 (1,592m)
1965年08月01日(当時16歳)
  山登りではないが高校1年生の夏休みに九州1周サイクリングをし、
その時に阿蘓山に登ったので百名山登山記録としておく。
  左写真は自宅(兵庫県西宮市)出発前の愛車、この日より24日間の
自転車旅行が始まる。  同行者は一人居たが下関でホームシックから
リタイヤ、その後の九州1周は一人旅となり16歳の俺もホームシックに
掛かったがなんとか九州一周はやり遂げた。

  阿蘓山へは別府より1日半、やまなみドライブウェイをほとんど自転車を押して進んだ。 同じくサイクリングをしていた大学生と友達になり一緒に阿蘓山に登ったが、その後は行き先が違いお別れになった。
  阿蘓山では避難小屋で一泊し、早朝に展望台まで登るがガスで火口の中までは見えなかった。 最高峰の高岳までは登っていないので正確には阿蘇山観光をしただけで、阿蘇山の最高峰には登っていない。

往復20円の仙酔峡有料道路を通り、
自転車を火山弾避難小屋まで押上げる。
登り途中から先ほど自転車で疾走して来た ”外輪山”を見る。
5時30分起床。 真夏であるが結構寒かった。
一の宮側を見ると雲海が広がっており幻想的な景観になっている。
ぞうりで火山石のギザギザの道をR・W沿いに火口目指して登る。
初めて見る火山性の山は感激の連続だった。
カラー写真でないのが悔やまれる景観が続く。
(パソコン処理による疑似カラー化を試みるが
綺麗な写真には成らなかった。)
火口が近付くと先ほどまで麓にあったガス上がってきた。
火口展望台に着く頃にはすっかりガスで覆われてしまった。
火口を1周しようと思っていたがガスで断念。
山並みハイウェイで出会い2日間付かず離れずで同行願った
地元の大学生とは目的地が違うのでここでお別れとなる。
九州1周サイクリングに阿蘇山を入れたのは、この雄大な火口を見た
いからだったが、ガスの合間に少し見えるだけで終わってしまった。



標高差:692m
熊本県一の宮町
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自宅を出発して8日目。
前日はR・W駅より少し下にある避難小屋で泊まった。
有料道路なのに砂利道なのにがっかりする。
前方に高岳を望むがこの時は全体が阿蘇山との認識しかなかった。
当時、阿蘇山を見ているのは判っていたが、最高峰の ”高岳”を
見ているのは気付いていなかった。
現在は展望台まで舗装された遊歩道となっているが、
当時は火山石の歩き難い道だった。
下山する頃にはR・Wが動き出していた。
今回、白黒フィルムで雄大な写真が撮れなかったので、お土産で観光絵葉書を買った。
ガスが掛からなければこんな雄大な景観が見れたのだろう。
日本百名山』 九州一周サイクリングの途中で阿蘇山に登って見た。 観光だけなので最高峰には登っていない。
あそざん
最高峰は高岳
高校1年生のこの時、既に相当なホームシックに陥っている。
矢印が宿泊に使った避難小屋。
  当時、カラーフィルムは世の中に流通していたが値段が高く高校生に買える代物ではなかった。
2016年12月に白黒写真を疑似カラー化するソフトがあることを知り、早速試してみたが、阿蘇山は溶岩地帯なので焼岳の様に巧くは疑似カラー化することが出来なかった。
仙酔峡避難小屋で前泊し、仙酔峡遊歩道を東展望所までを往復する。
当時、九州には地道も多く、砂利道には泣かされた。
2024年1月18日改定